2010年4月29日木曜日

文殊の知恵

 「三人寄れば文殊の知恵」と言われる。どんな三人組でどんな知恵になるのか、考えてみるのも楽しい。ここで言う文殊とは、知恵の仏・文殊菩薩のことである。釈迦如来と両脇に立つ普賢菩薩・文殊菩薩を合わせ、釈迦三尊と言われる。




 「ふげん・もんじゅ」とひらがなで書けば、原子力発電所の名前である。右の写真は福井県敦賀市にある「高速増殖原型炉もんじゅ」の写真である。(独立行政法人日本原子力研究開発機構:Japan Atomic Energy Agency から引用)

 「ふげん」も敦賀市に建設されており、2003/3/29 運転終了し、廃炉の手続・作業が行われている。

 新聞によれば、2010/4/26 西川一誠福井県知事が川端達夫文科相・直嶋正行経産相と「もんじゅ運転再開」について協議した。三人掛りの文殊の知恵で「エネルギー研究開発拠点化計画支援」・「交付金の拡充」・「北陸新幹線福井延伸」などの県知事要望と引換えに、もんじゅ運転再開について「遅滞無く前向きに判断したい」と知事の意向表明がなされた。もんじゅが人質にされていた感も有るが、これでやっと「もんじゅの知恵」が働き始める事になった。

 もんじゅの正式名称にある「高速増殖原型炉」は、専門用語で解説が必要である。この炉の核燃料はプルトニウムである。高速中性子による核反応で、原子炉内に置かれている核分裂しない「ウラン238」を核分裂し易いプルトニウムに変換させる目的の原子炉なのである。しかも驚くことに、運転で消費する燃料プルトニウム量以上のプルトニウムを「ウラン238」から作ることが出来る。運転すればする程燃料保有量が増加する「打出の小槌」なのである。俗称「夢の原子炉」と言われる。しかしこれは「両刃の剣」である。プルトニウムがあれば、原子爆弾は簡単に作れる。
 高速中性子の核反応で、プルトニウムの増殖を行う原子炉を「高速増殖炉」と呼称する。また実用試験の目的で建設する原子炉を「原型炉」と呼称する。もんじゅは発電しながらプルトニウム増殖を行うことを実証する目的で建設された。

 もんじゅの通常運転までの道程は長く、遅々として進まなかった。1968/9 予備設計開始以来、2010/5 の運転再開予定までに実に42年を費やした。「夢の原子炉」実用化までに今後どれだけの長い年月を必要とするのか、老いた私にはもどかしい限りである。

 「夢の原子炉」の夢は「技術者の」夢であって、必ずしも日本国の夢とは限らない。悪夢と思い込む人も居るかも知れない。エネルギー資源を輸入に頼る日本国にとって、「夢の原子炉」の実現は国益上の最重要課題の一つである。ところが一方、国連安保理・常任理事国(米・英・仏・露・中)が、これを歓迎してくれるとは、到底考えることが出来ない。この5ヶ国は核拡散防止に躍起になっており、国連の敵国条項適用国である日・独の核開発には、極めて敏感に抑圧的に反応する。

 5ヶ国以外の核兵器保有を禁止するために、NPT条約(Nuclear Non-Proliferation Treaty:核兵器不拡散条約)を定め、各国の核技術開発はIAEA(International Atomic Energy Agency:国際原子力機関)の監視下においている。
 NPT条約は常任理事国が強制した不平等条約であるが、常任理事国側に核兵器削減の努力義務を課している。

 もんじゅの知恵の行き着く先は、「夢の原子炉」の夢を実現することである。オバマ大統領は「2020年頃には火星に人を送る」と言っている。そんなことはどうでもいい。日本国の首相は国家百年の大計のため、腹を据えて「夢の原子炉」の夢実現を推し進めて欲しい。枝野行政改革担当大臣・蓮舫議員は、罷り間違ってももんじゅを業務仕分の対象にしてもらっては困る。
 もんじゅの知恵が進み、日本のプルトニウム保有量が増大すると、常任理事国の日本に対する風当たりが強くなり、彼等の嫌悪感は極限近くに迫るだろう。しかしこの事を日本国が恐れて、萎縮してはいけない。この事こそが、日本国の強力な外交カードであり、NPT条約に基づいて常任理事国側に「核兵器削減」を迫る、最大の切り札になり得るからである。

 「もんじゅの知恵」は、勇気と根気が備わってこそ実現できる。鳩山首相・川端文科相・直嶋経産相、腹を据えて「もんじゅの知恵」を生かして欲しい。


以上

 












2010年3月3日水曜日

一票の価値

2009/8/30に行われた衆議院議員・小選挙区(大阪大9区)選挙の「選挙無効請求事件」に関する「大阪高裁の判決文(平成21年12月28日)」を読んでみた。
被告は「大阪府選挙管理委員会」である。判決の要約は下記である。

  1. 原告請求の棄却。(選挙は無効とはしない。)
  2. ただし、選挙は違法である。
  3. 訴訟費用は、被告の負担とする。争点は、「一票の価値」である。議員一人当たりの有権者数の

地域格差が問題点である。高知第3区を 1 とした場合、大阪第9区は 2.063 倍、千葉第4区は 2.203 倍である。憲法では人権の平等を謳っており、「主権者たる国民全員が国政に対し、同じ影響力を持つことこそが憲法の定める国民主権の内容(判決文の引用)」である。

私は理系出身であり、法文解釈の論理説明等は全く肌に合わないと思い込んでいる。しかし今回の裁判の判決については、私は極めて奇異な感じを抱いている。

① 被告が「選挙管理委員会」である

被告は、正しく選挙を実施し大阪府第9区の当選者を決定した。選挙の実施について違法性は無い。憲法は、両議院の「選挙制度の仕組み」を国会の裁量に委ねており、被告には「選挙制度の仕組み」についての裁量権は全く存在しない。被告は「裁量権の無い被告に対する請求事案は、相当ではない」と強く主張すべきであった。

② 何故大阪府第9区だけが違憲であるのか。

この裁判は大阪府第9区に関するものである。千葉第4区も勿論違憲だろう。高知第3区も違憲ではないのか。ただし、訴えの無い所に判断なしである。

③ 2009/8/30 の小選挙区選挙全体が、違憲である。

各選挙区個々に観れば、おのおの正しい選挙がなされ正しく議員が選出された。個々の選挙区に限定すれば、違憲の判断の生じる余地は全く存在しない。違憲の判断の因って来る原因は、選挙全体を見渡した場合に限って、他との比較の上で「一票の価値」に大きな地域格差が生じているのである。したがって、「小選挙区選挙全体」とらえて違憲と言うほかないはずである。何故「大阪府選挙委員会」がこの責任を負って、原告の訴訟費用を負担しなければならないのか。

④ 違憲の当事者は誰か。

第一の当事者は、国会である。「選挙制度の仕組み」を決めるのは国会の裁量による。裁量の権利・義務は国会が負わなくてはならない。

第二の当事者は、内閣である。違憲にならない「選挙制度の仕組み」を提案しなかった。更に麻生内閣は、違憲状態のまま衆議院を解散して問題の選挙を行った。

⑤ 国会を相手に提訴できるか。

「選挙制度の仕組み」は国会の裁量権として、国会を相手に「選挙無効請求事件」の提訴が出来るか。出来るわけがない。! では如何しよう。???

これができれば、誰でも何処に住んでいても、提訴できるのですがね。

⑥ またもや、「事情判決」である。

「違憲であっても、選挙無効とはしない」との「事情判決」は、過去にも行われている。

判決文の「当裁判所の判断」は6頁~28頁に渡って詳細に記載されている。ところが「事情判決」の論拠は、最後のページに気休め程度に極めてあっさりと記載されている。「本件選挙は違法であるが、これを無効とした場合、公の利益に著しい障害が生じることは明らかであり、原告の受ける損害等を考慮してもなお、公共の福祉に適合しないと認められる」とバッサリと切り捨てているだけである。

言語道断である。裁判所判断の半分は(10頁程度か)、「事情判決」を行う論拠について詳細に説明してもらいたい。1. どの様な公の利益に、2. どの様な著しい障害が生じるか説明し、3. 「事情判決」による原告の損害(国民全員の損害)をどの様に認識しているかを、詳しく説明してほしい。

⑦ 法体系の矛盾

「事情判決」は、既成事実の遣り得を認める判決である。

ある意味では、裁判官が自ら法の尊厳を踏みにじる行為を行うことに相当する。相応の尤もらしい論拠が幾つか存在しなければ、決して行うべきでは有るまい。法の尊厳を守るためには、諸葛亮の如く、泣いて馬謖を切らなくてはなるまい。

しかし選挙の無効を宣言し、再選挙をやらせても、違法が解消されるはずが無い。これは絶対的な矛盾である。

⑧ 矛盾の解法

大阪高裁は、被告(大阪府選挙管理委員会)に対し「大阪府第9区における選挙は違法である。」といささか見当違いの判断を示した。

さすれば原告の主張「選挙無効請求」を認め、「大阪府第9区の当選」を無効とすべきであった。これで首尾は一貫する。議員が一人足りなくても、日本国に大した問題が出る訳でもあるまい。

「大阪府第9区」は議員を出さないと、一票の価値が となり憲法違反になる。よって被告は再選挙を始める。再選挙を行えば又々憲法違反になるので、原告は「選挙差し止め請求」を行えばよろしい。裁判の堂々巡りになるが、訴訟費用は多分ほとんど被告負担になるであろう。

とにかく巷を大いに騒がせ、大衆の耳目を集めなくてはならない。政治問題化すれば、政治的に決着せざるを得なくなるであろう。法務大臣、見識を持って頑張って下さい。

以上

2010年2月19日金曜日

調査捕鯨



2010/2/12 のAFP NEWS で、シー・セパードが捕鯨母船 日進丸に酢酸瓶を発射し、3人の軽症被害を報じていた。これは誠に遺憾な行為であり残念に思う。しかしながら、鯨如きにこれ程の情熱を傾けられるシー・セパードにも、聊かの敬意は表しておく。


私は、心底から鯨が好きである。あの巨大な英姿を映像で観るのも、鯨肉を食べるのも好きなのである。ザトウクジラが尾っぽを高々と揚げて飛び跳ねる姿よりも、長須鯨等がゆったりと泳ぎ進む姿の方が遥かに美しいと思う。                       |(財)日本鯨類研究所 提供写真 |

また、鯨肉は焼肉等よりも晒しクジラ(オバイケ)の酢味噌や鯨ベーコンの方が遥かに大好きである。        



                                         |晒しクジラ(オバイケ)|
IWC (International Whaling Commission : 国際捕鯨委員会)は、捕鯨派と反捕鯨派が極端に対立し、殆ど収拾が付かない有様になっている。捕鯨国はノルウェー・日本・アイスランド位である。ただし日本を中心とした捕鯨国の多数派工作が功を奏し、捕鯨容認派も結構増えてきた。このため、3/4以上の賛成を要する重要議決は殆ど全て不可能になってしまった。この多数派工作の大成功は、日本国外務省の輝かしい成果である。問題の多いODA(Official Development Assistance :政府開発援助)を極めて巧みに利用した。
昔は長崎空港で晒しクジラや鯨ベーコンを売っていた。今日では、WEBで調べれば、ミンク鯨のベーコン・オバイケ等を送付販売してくれる店は結構ある。調査捕鯨 様々、万々歳である。
調査捕鯨を実施しているのは「(財)日本鯨類研究所」である。経常収益90億円程度(大部分は鯨肉販売である)。「事実上の商業捕鯨」と息巻く向きもあるが、経常費用も同程度以上掛り、赤字気味である。また研究発表もしっかりやっており「研究所」の看板に偽りは無かろう。
鯨類研究所は、「共同船舶(株)」から捕鯨船団と乗組員をチャーターして、調査捕鯨を実施する。「共同船舶(株)」は、鯨類研究所から「調査捕鯨」を受託するだけの目的で設立された独占事業の正真正銘の民間会社である。
日本は四界を海に取囲まれた、資源の乏しい海洋国である。海洋での既得権益を最大限に守ってゆくのが、日本国の最大の国益に通ずる。何としても、調査捕鯨は続行すべきである。
枝野幸男行政刷新担当大臣は、4月から本格的な事業仕分けに着手すると明言している。この調査捕鯨に関しては、海洋国日本の国益に基づく大切な事業の一つとして、目先の損出に捉われず、だいじに育て上げて欲しい。

19世紀以降の捕鯨の歴史を見ると、乱獲から「自然保護・環境保護」に急旋回してゆく時代の潮流を見事に浮上らせてくれる。
19世紀の欧米の近代捕鯨は、鯨油採取を目的に地球規模の活躍を行い、北極海やベーリング海の鯨資源を荒廃させた。更に西太平洋の捕鯨を目論み、ペルリの浦賀来航となった。
明治以降の日本では、欧米列強に追着き・追越せと、多数の捕鯨会社を設立し、近海捕鯨で頑張った。しかし乱獲が祟って、捕鯨会社の整理統合が進み、大型遠洋捕鯨が主流になって行った。
太平洋戦争敗戦後、食糧難で連合軍から日本の南氷洋捕鯨が許可された。戦勝国の捕鯨目的は採油であったが、日本は油も肉も持ち帰った。当時「鯨肉の生姜焼き」はご馳走であった。
この当時の南氷洋捕鯨は、オリンピック方式であった。毎年 指定日時に参加各国が一斉に捕鯨を開始する。各国の捕獲頭数は毎日集計され、全体の捕獲頭数が所定頭数を超えたとき、オリンピック競技の終了となる。この当時の捕鯨に関しては、戦勝国のダブル・スタンダードは全く無く、フェヤーな素晴らしい方式であった。
国敗れても、我等が日本である。南氷洋の荒波で激しく上下する捕鯨船に乗り、捕鯨砲を構える砲手の技は超人的であった。更に大馬力の捕鯨船を建造して追跡速度を増し、平頭銛(銛の先端を平らにし、水面での跳ね上がりを無くした)を発明して捕鯨砲の命中率を高め、日本の南氷洋捕鯨船団は無敵となってしまった。当然の結果として、1959年日本は南氷洋捕鯨オリンピックで「金メダル」を獲得した。しかしこの途端に世界の潮流は一変してしまった。「公平」さは微塵に砕け、各国の身勝手な言い分だけが際立ってきた。
1960年以降オリンピック方式は廃止され、捕獲量・国別割当制を経て、IWC は捕鯨禁止に大きく傾斜して行く。1982年第34回IWC(国際捕鯨委員会)において商業捕鯨が全面的に禁止されてしまった。要するに石油の採掘量が急増し、各国は鯨油不要で、捕鯨は不採算事業になったのである。但し発言権はしっかり確保しておいたのである。そこで使用できる理屈が「自然保護・環境保護」だったのである。日本は鯨油・鯨肉共に利用しており、捕鯨の採算性は残っていた。従って日本が鯨資源の利用を主張するのは当然であり、また正当な権利でもある。これに反し「自然保護・環境保護」論は論拠が整然とせず、ヒステリックな主張に陥りやすい。要するに、ある程度同情できそうな言い分ではあるが整然とした論拠が見当たらない場合が多い。論拠不明確が当人にも分かっているから、敢えてヒステリックに振舞うのかもしれない。
有史以前から、人類は自然を資源として活用し、果てしなく環境破壊を続けながら、繁栄を続けてきた。「自然との調和」・「環境保護」を唱えてみるのは、環境破壊を続ける我々人類の「言い訳」や「自虐の方便」なのである。本当の人類の知恵とは、「資源利用」と「環境保護」を沈着冷静に上手に調和させて行く事である。
捕鯨論の本質を考えると、「今後の海洋資源の利用の仕組み」に行き着く。「誰が、どの様な権利と義務を持つ仕組みを作るか」または「何の仕組みも作らない事にするか」の国際戦略を巡って、各国の思惑が入り乱れているのである。
我が日本国は、四面楚歌に追い込まれ、捕鯨国として残ったのはノルウェー・日本・アイスランドだけである。ここで日本国は敢然と調査捕鯨に打って出てきている。農水省の権益増大にも繋がるが、ここは国益優先を貫きたい。
鯨類研究所に希望を述べれば、下記について一つづつでも着実に取り組んで、研究を進展させて頂きたい。
1.商業捕鯨が可能な地域・種別捕獲頭数の推定。
2.資源の持続可能な地域・種別捕獲頭数の推定。
3.上記推定のためのシュミレーション用データの研究・調査
以上

2010年1月20日水曜日

イランの核開発

 イランは、NPT発足当初からNPTに加盟している。従って定期的にIAEAの査察を受けながら、着実に核開発を進めてきている。
 1980年頃(イラン-イラク戦争勃発)から、イランはウラン濃縮実験を開始した。

 2006年4月イランの最高指導者アフマディー・ネジャード師は「核燃料サイクルに適合するウランの精製に成功した」と発表した。NPTは核技術の平和利用を禁止していないが、国連安保理は異常な過剰反応を起こし、2006年7月「イランの核開発中止を求める決議案」を採択した。勿論イランは馬耳東風で、2006年11月アフマディー・ネジャード師は「イランは完全な核燃料サイクル技術を獲得した。」と発表した。

 2008年9月「遠心分離機3800基を設置し、低濃縮ウラン480Kgを製造済み。」とIAEA報告。2009年3月「核爆弾1ヶ分の製造原料となる程度の低濃縮ウラン1 ton以上を確保した。」とIAEA報告。
 2009年9月イランは、新たに2ヶ所のウラン濃縮施設を建設中であるとIAEAに連絡した。これには米国オバマ大統領が鋭く反応し、「あらゆる選択肢を排除しない。」と軍事的手段の可能性を示唆する脅しを懸けてきた。
 イランの馬耳東風はさらに続き、2009年11月イランは10ヶ所の濃縮設備の新設を発表した。アメリカに敢えて「NO」と言い続けるイランの面目は、躍如たるものがある。

 順調に進むイランの低濃縮ウランの生産に不安を感じたIAEAは、イランで生産した低濃縮ウラン約1.2 ton をロシアで追加濃縮し、フランスで原子炉燃料に加工してイランに返還する計画を提案した。計画が実施されれば、イランの核兵器開発の懸念は当面回避することが出来る。2009/12/26の毎日新聞によれば、安保理常任理事国(米・英・仏・露・中)+独とイランの間でIAEA提案が協議されたが決裂した様である。

 イランの原子力発電所は、首都 Tehran の南方 1200 Km のBushehr にある。2009/02/25 模擬燃料による試運転を開始した。
 この原子炉はロシア政府の支援で、ロシア国営原子力企業ロスアトムにより建設された。ウラン燃料を装荷した本格運転は、2009年中に開始予定と報道されていたが、2010/01/20現在「本格運転開始」のニュースは未だ聞いていない。
 何れにせよ、ブシェール原発用の燃料製作のため、当分の間はイラン手持ちの濃縮ウラン全てが使用されるので、ここ暫くイランの核兵器保有の懸念は無いと思う。

 「産油大国イランに原子炉は不要である」と考えるのは「他国の論理」である。「電力は原子力で、石油は輸出用」と割り切るのがイランの論理である。産油国も地球温暖化防止のため原子力発電をやるべきだろう。

 しかし、残念ながらイランはいずれ核兵器を持つだろうと私は予想する。勿論アメリカもそのように予想するから、オバマ大統領がイランに脅しを懸けるわけである。
 
 イランの東隣国パキスタンインドと共に核兵器を保有している。イランの西隣国イラクは、国連査察団の詳細な査察で「大量破壊兵器を保持していない。」確認を得て、米国は安心してイラクに侵攻した。これ以降イラクは悲惨な泥沼の戦乱に引き摺り込まれ、未だ平和は訪れていない。
 このような厳然たる事実を前にして、イランが核兵器を持たないまま居続けるとは考えがたい。

 イランが核武装した場合に、最も脅威を感じるのはイスラエルであると思う。イスラエルの核保有が殆ど無意味に近くなるからである。
 1981/06/07イスラエルは、イラクの原子力センターを爆撃した。イラクの核兵器保有を懸念したからであろう。
 イランが核武装し、スカッドミサイルに搭載してイスラエルに打ち込めば、小さなイスラエルは壊滅してしまう。逆にイスラエルが数発の原爆をイランに撃ち込んでも、大きいイランは壊滅しない。 

2010年1月16日土曜日

アメリカとイランの確執

  アメリカの正式名称はアメリカ合衆国 United States of America である。
 イランの正式名称はイラン・イスラム共和国 Islamic Ripublic of Iran である。

 イランは石油輸出国機構 Organization of the Petoroleum Exporting Countries (OPEC) では第2位の産油国であり、天然ガスも極めて豊富でエネルギー資源には全く事欠かない豊かな国である。

 1970年頃のイランはパフラヴィー王朝の時で、「アングロ・イラニアン石油会社」が権益を持ち、米・英 国に牛耳られていた。したがって大きな確執はなかった様
である。ところが1979年のイスラム革命で折角の権益が雲消霧散し、米・英 国は
国外に叩出され、ホメイニ師によるイスラム共和国が誕生した。これにより米国とイランの間に長年にわたる抜差しならぬ確執の図式が始まった。
 翌年1980年9月、米国は強力に武器援助を行っていた西隣国のイラクのサダム・フセインを扇動しイラン-イラク戦争を勃発させた。ところが米国やサダム・フセインの思惑に反し、イランは予想外に強かった。世界中を敵に回して、最後まで戦い抜いたのである。
 この頃のイランは国際的には全く孤立無援であった。欧米諸国は勿論イラク支持であるが、イスラム諸国もイスラム革命の波及を恐れてこぞってイラク支持に回った。ソ連も連邦内のイスラム諸国への波及を恐れイラク支持の一方で、ドサクサに紛れて領土拡大の好機と見て、アフガニスタン侵攻を開始した。孤立無援のイランではあったが、戦死者の山を築きながらもイラクの侵略に耐えに耐え、国境線前後まで押し戻し1982年には膠着状態にまで持込んでいった。
 イラクの侵略に対し、国連はほとんど何もしなかったようである。国連が実際に動いたのは、7年後の1987年である。1987年7月国連安保理は即時停戦の勧告を決議した。両国がこれを受諾し、停戦が行われたのは1988年8月である。
 これで中東に平和が訪れると思いきや、何を血迷ったかサダム・フセインは1990年クウェートに侵攻し、米国の逆鱗に触れて湾岸戦争が勃発した。この時の国連の対応は素早かった。これ以来イラクは泥沼の戦乱に落ち込み、平和憲法の日本までイラク派兵させられたのであるから、気の毒でもあり迷惑でもあった。
 一方平和を勝ち取ったイランは、これ以来敢えて「NO」と言う反米路線を堅持しながら、富国強兵に努めている。1960年頃3,600万人程度であった人口も、2010年には7,000万人程度と見込まれ半世紀で倍増している。ただし今後の人口増加率は小さいと見込まれる。
 近年のアメリカとイランの確執は、イランの核開発である。イランの濃縮ウラン製造は順調に進んでいる様である。







2010年1月13日水曜日

核問題における NPT と IAEA

 核の問題を議論する場合、核拡散防止条約 Nuclear Non-Proliferation Treaty (NPT) と国際原子力機関 International Atomic Energy Agency (IAEA) を正しく理解して置く必要がある。

 NPT は、米・露・英・仏・中(国連安保理 常任理事国)を核兵器国、それ以外の国を非核兵器国としている。そして、非核兵器国は未来永劫非核兵器国であり続ける義務を負う不平等条約である。要するに 日・独 等高度の核技術力の国々が新規に核兵器国になるのを阻止する目的の条約である。
 この条約で、非核兵器国は核兵器の製造・取得を禁止され、IAEA による査察・保障措置が義務付けられている。
 核兵器国は「核軍縮交渉を行う義務」を負っており、交渉は確かに行われた。しかし核兵器配備数は幾許か減少したかも知れないが、保有数は減っていない。
 NPT は、1970年3月に発効し2008年12月での締結国は190ヶ国である。核兵器を保有しているインド・パキスタンは未加盟であり、保有を推定されるイスラエルも未加盟である。
 北朝鮮IAEAの査察を拒否し、1993年3月NPTからの脱退を宣言した。

 IAEA は、各国の原子力施設の査察を目的とした国際機関である。NPT加盟の非核兵器国は、IAEAの査察を受ける。
 2007年現在で加盟国は144ヶ国である。日本IAEA創立当初から指定理事国(13ヶ国)になっている。2009年12月モハメド・エルバラダイ事務局長の退任により、天野之弥氏が事務局長に選任された。

2009年12月4日金曜日

事業仕分

 鳩山内閣の来期予算の事業仕分が公開で行われ、拍手喝采を送りたい。枝野衆議院議員・蓮舫参議院議員の取り纏めも快刀乱麻で、適役だった。但し仕分けられたのは一般会計約90兆円の内の極々一部でしかないのは残念であった。約200兆円規模と予想される特別会計は未だ殆ど手付かずのままである。
 野党自民党は事業仕分について、「こんな短期間に決めてしまうのは如何なものか」と言っている。もっともな御意見と承って、なるべく早い機会に大規模継続的事業仕分機構を創設し、一般会計・特別会計の事業仕分を国民に公開するのが望ましい。今回初めての事業仕分を、ガス抜き程度の話に終わらせず、継続的に実施する機構を作ってこそ、政権交代の真骨頂が発揮された事になる。

 科学技術関係ではスーパーコンピュータ開発予算7千億円余りが業務仕分で「要検討」となった。後でマスコミを通じて、ノーベル賞受賞者野依先生がその必要性を主張された。これは役人の常套手段に乗せられた全く奇妙な構図であり、野依先生には甚だ気の毒な事情と相成ってしまった。
 当然の事ながら、予算の申請を行い、予算の配分・実施権限を持つ当事者担当の役人である。従って配分・実施権限を持つ担当役人が、職を賭して予算の必要性を説明すべきである。ところが担当役人は業務放棄・戦線離脱し、その代役として著名人修羅場に放り出されるのである。今回は野依先生が修羅場に立たされる構図になってしまった。

 野依先生は、「科学技術向上の為の先行投資は、日本国の存亡に係る不可欠のもの。」との趣旨の説明をされた。これに異を唱える人は誰一人いないと思う。但し残念なことながら、仕分作業は一般論を対象にはしていない。科学技術向上の先行投資項目は掃いて捨てるほど沢山ある。これを掃き捨てるもの残すものに仕分けるのが事業仕分である。従って、どうゆう手法・基準で仕分けてゆくかが議論の対象なのである。

 仕分担当者や我等国民が、修羅場に立たされた野依先生に大いに期待するものは、先生が選択された(優秀でノーベル賞受賞にまで至った高効率の先行投資)と(いつまでも成果の出ない非効率の先行投資)を見分ける上手い方法があればご教授願いたいと云うことである。別の言い方をすれば、先行投資の優劣を見分ける機構をどのように作ればよいかである。勿論この機構を役人の天下り先にしてはいけない。

 スポーツ関連予算については、業務放棄担当役人代役としてフェンシングや洋弓のメダリストが修羅場に立たされていた。担当役人は予算申請当事者の代役をJOCに振向け、JOCは当然ながら著名人としてメダリストを選んだ。2004年アテネ大会の洋弓銀メダリスト山本博氏と2008年北京大会のフェンシング・フルーレ銀メダリスト太田雄貴氏である。両氏はマスコミを通じ、スポーツ界の野依先生を演じ、JOCへの国庫補助の必要性を説明していた。

 スポーツ関連の補助金は、独立行政法人日本スポーツ振興協会を通じてばら撒かれる。この協会には政府が2千億円余り出資しており、中央省庁からの天下り先になっている。公営賭博totoはこの協会が運営しており、賭博のかすりで資金は潤沢である。

 税収不足で過去最高の国債発行も予想される不景気の最中である。来年度デフレスパイラルを脱せられるかどうかの瀬戸際である。スポーツ界も無駄を排し経費節減に努力してほしいと、事業仕分が行われた訳である。
 2010年バンクーバー冬季五輪や2012年ロンドン夏季五輪で、たとえ獲得メダル数が若干少なくなったとしても、現在の経済事情からすれば、これは止むを得ない仕儀ではないかと思う。オリンピックは参加することに意義があると言うではないか。但し、この際は無意味に多数の役員や選手を派遣するのもご勘弁願いたい。