2010年5月21日金曜日

抑止力

普天間飛行場の返還を巡って、800名程度の米海兵隊が日本侵略に対する抑止力であるかのような議論が行われている。この様な議論を行う場合、米軍基地が何故沖縄にあるのか。米海兵隊はどんな任務を持った兵力であるかを、正しく理解しておく必要がある。

米軍が日本国に軍事基地を持つのは、「日米安全保障条約」第6条による。また別途の地位協定により、基地内は一種の治外法権が認められている。第5条では日本領土内での、日・米何れかへの武力攻撃に対し各自国の憲法上の規定・手続に従って、「共通の危険」に対処する事になっている。この条約こそが、日本侵略に対する抑止力の根源になっている。

驚くべきは、この抑止力の巨大さである。米第7艦隊(U.S.Seventh Fleet)は、太平洋艦隊の指揮下で、西太平洋・インド洋を担当海域とする世界最強の艦隊である。
旗艦は揚陸指揮艦ブルーリッジ(Blue Ridge)で,横須賀を母港としている。主力艦は、原子力空母ジョージ・ワシントン(George Washington)である。300機以上の航空機勢力を有している。更にミサイル巡洋艦2隻、ミサイル駆逐艦7隻および潜水艦隊が横須賀を母港にしている。

第7艦隊遠征打撃組(Expeditionary Strike Group)は、強襲揚陸艦エッセクス(Essex)に司令部を置き、揚陸艦デンバー(Denver)、トーチュガ(Tortuga)、ハーパーズ・フェリー(Harpers Ferry)と掃海艇2隻が長崎県佐世保を母港としている。沖縄県のホワイト・ビーチは第7艦隊の兵站支援港で、同艦隊第76機動部隊の第1水陸両用部隊の母港でもある。
第7艦隊の軍事基地は、この他韓国-釜山,浦項,鎮海にあり、シンガポールにも、兵站補給基地を持っている。

米第7艦隊は艦隊の戦略目的達成のために、極東地域に強力な多数の軍事基地を必用としている。それ故、第7艦隊には日米安保条約が不可欠であり、この条約の締結によって、日本国領内に第7艦隊の多数の強力な軍事基地群を獲得出来た

沖縄にある米軍基地は、第7艦隊の基地だけではない。
  1. ホワイト・ビーチ   第7艦隊:兵站支援港
  2. 普天間飛行場    海兵隊:ヘリ約70機
  3. 北部訓練場 海兵隊管理下:砲撃訓練
  4. 嘉手納飛行場   空軍:約100機常駐
普天間飛行場は、第3海兵遠征軍36海兵航空軍が使用している。海兵隊は艦隊とは別の指揮系統で、太平洋海兵隊に所属する。北部演習場は、海兵隊の砲撃訓練に使用している。嘉手納飛行場は、第5空軍第18航空団管理の極東最大の空軍基地である。

普天間基地移転問題で、巷は随分騒がしい。普天間基地は、海兵800名(支援要員を含め千数百人)が常駐する軍事基地である。海兵隊の戦略目標は、有事の際直ちに「外国の戦略目標拠点」を占拠確保することである。60日以内に戦略目的が達成できれば、米議会の議決・承認は必要としない。このため海兵隊は、駐屯地の基地で常時訓練を実施しており、有事の際は直ちに行動を開始する。米軍が普天間の代わりに辺野古のキャンプシュワブに代替え飛行場を要求するのは当然である。

「訓練だけを鹿児島県徳之島で」という日本の役人の小賢しい話は、米軍は聞く耳を持たないのである。徳之島を持出すなら、徳之島を海兵隊の駐屯地にするしかない。専用飛行場・兵站補給港・射撃訓練場を保障し、基地移転費用一切を負担する覚悟が必要である。

民主党のマニフェストで、普天間基地の移転は「国外・最低でも県外」と言った。社民党福島党首も同様の主張を繰り返している。この主張が実現できそうな案は2つ位しかない。
  1. 米海兵隊駐屯地を徳之島にする。
  2. 米海兵隊駐屯地を長崎県大村市の海上自衛隊基地にする。自衛隊基地をキャンプシュワブに移設する。
普天間の海兵隊は、長崎県佐世保を母港とする第7艦隊の遠征打撃組(Expeditionary Strike Group)との共同作戦が最大戦略目標である。有事の際「佐世保-沖縄」のラインで即応する必用があり、強襲揚陸艦群と海兵隊ヘリコプター群が「戦略目標地」に殺到する。勿論第7艦隊の戦闘機群が目標地の制空権を掌握するであろう。要するに南洋群島の基地からでは、緊急時の初動作戦に間に合わぬのである。此処で言う目標地は当然日本領土ではない。海兵隊は、「防衛」ではなく、拠点の「先制攻撃」を目的とした部隊である。



普天間の第3海兵遠征軍は、有事の際、第7艦隊遠征打撃組との共同作戦で、外国の目標地を一時的に制圧・占拠し、米国人を安全に避難させる目的の部隊である。この部隊の国外移転を日本側が要求しても、米軍は鼻先でせせら笑うだけである。


平野官房長官は、「訓練を徳之島で」と言っている。これでは米軍は納得しない。「徳之島に基地移転」でなければ米軍の納得は得られない。一方住民側の猛反発は当然の成り行きとなる。後は地道な誠意で、住民の納得を得る努力が必要で、平野官房長官の力量が問われる。



海上自衛隊大村基地と沖縄米海兵隊キャンプシュワブ基地の交換は、収まりの良さそうな案である。大村基地は、大村第22航空群司令部が置かれ艦載ヘリコプターを中核とするヘリ基地である。海上にある長崎空港の対岸で、長崎空港連絡橋箕島橋の入り口付近から、北方に向かって滑走路がある。長崎空港A滑走路と呼称され、長崎空港の一部として国土交通省の管轄下である。航空管制も国土交通省が行っている。

海上自衛隊と米海兵隊との基地交換を成立させるには、軍民共用の長崎空港の航空管制権の再吟味や、大村市の騒音問題の再検討などの問題解決が残される。これは以外に難航する課題かもしれない。

纏めて言えば、日本領土侵略に対する抑止力の根源は、「日米安保条約」である。この条約により、米国は日本領土内に多数の軍事基地を獲得し、沖縄普天間に第3海兵遠征軍約800名の海兵隊を駐屯させた。

米海兵隊の戦略目的は、有事の時に佐世保の強襲揚陸艦群と呼応して、外国の目標地点に殺到し、目標地を一時的に占拠することである。目標地経由で米国人の避難・脱出が完了すれば、目的達成であり、米軍も撤収する。行動開始から60日以内に事が完了すれば、米軍の行動は米国議会の議決に拘束されない。

普天間駐屯の第3海兵遠征軍下の海兵隊は、「遠征」が目的であり「防衛」ではない。普天間の海兵隊は、およそ抑止力などと呼ばれる筋合いの代物ではないだろう。

以上