2013年3月13日水曜日

Mark-Ⅰ型格納容器

『Mark-I型』は、沸騰水型(BWR)原子力発電所の、格納容器の型式の1つである。「MK-1」と略記される。炉心溶融事故を起こした福島第一原子力発電所は、1~5号機が『Mark-I型』の格納容器である。東日本大震災(2011年3月11日)で炉心溶融事故を起こしたのは、運転中であった1~3号機であった。
4号機の原子炉建屋も水素爆発で大破したが、これは3号機のタービン建屋から水素が回り込んだもので、4号機の炉心溶融事故はなかった。

右図が建設中の『Mark-I型』格納容器である。
フラスコ型の格納容器の下に、ドーナツ型のサプレッション・チェンバー(圧力抑制室)があり、これを蛸足配管で接続した構造である。これ全体が『Mark-I型』格納容器である。
ドーナツ型の「圧力抑制室」の底部には、常時水が貯められている。

「格納容器」の使命は、原子炉の1次冷却水が、万一配管破断事故等で外部に漏水した場合でも、放射能を含む1次系冷却水を「格納容器」内に閉じ込めて、外部の周辺環境に放射性物質を放出しないことである。
1次冷却水は、運転中は高温高圧であり、万一「格納容器」内に漏出した場合は、高温高圧の水蒸気の噴出となる。漏出蒸気は、ドーナツ型の「圧力抑制室」内の水中に噴出して冷却され水となり、格納容器内圧の上昇が抑制される。
中・小規模の『1次冷却水漏出事故』に対しては、極めて有効な合理的構造の格納容器であったと考えられる。

しかしながら『MK-I』の根本的な問題点は、1次冷却系の「大破断等に起因する炉心溶融事故」等の場合の格納容器の機能不全の問題である。
1次冷却水の略全量が「水蒸気」として格納容器内に放出され、更に炉心溶融で燃料被覆管のジルカロイ-水反応による水素発生等で「格納容器」内圧は急上昇し、格納容器内圧は耐圧限度を越えてしまう。この場合当然ながら、格納容器の安全弁は解放され、『放射能を含む1次冷却水の水蒸気や水素』を格納容器外に放出してしまう。
格納容器としての機能が放棄されてしまうのである。

昔の『原子力神話』では、原子炉からの放射性物質の漏出は「3つの金属障壁で守られ絶対に安全である」と言われていた。①ジルカロイの燃料被覆管②1次冷却水圧力境界鋼材③格納容器鋼板、がその「3つの金属障壁」である。
2011年3月11日の東日本大震災の地震と津波により、この『原子力神話』は泡沫(うたかた)のごとく崩れ去ってしまった。

炉心溶融により、燃料被覆管は水と反応して大量の水素を発生しながらぼろぼろに破損し、水素は「1次系圧力境界」と「格納容器」を通り抜けて、「原子炉建屋」上部に至り『水素爆発』を起こした。
そして多量の放射能を発電所の周辺環境に放出してしまった。
また、海水中に高レベルの汚染水が流出したことから推定して、格納容器下部での格納容器損傷も当然疑われている。

『MK-I』型格納容器の根本的な問題点を端的に表現すると下記である。

  1. 構造が複雑で、大地震等で損傷を起こす。
  2. 内容積が小さく、1次系破断事故の内圧上昇で簡単に安全弁を開放し環境汚染を招く。
『MK-I』型格納容器を持つ国内の原子力発電所は、下記である。
  1. 福島第一原子力発電所1~5号機(1~4号機:廃炉)
  2. 浜岡原子力発電所1~2号機(2009年1月30日運転終了)
  3. 島根原子力発電所(2010年度以降運転されていない)
『MK-I』型格納容器の原子力発電所は、外国では今も気楽に運転されているようである。
日本は地域独占の大電力会社方式である。米国は日本と異なり、原則的に「発電」・「送配電」が分離されており、小さな発電会社が沢山あり競争している。
米国内の『MK-I』型格納容器の原子力発電所で、今も運転されている原子力発電所は20基をはるかに超えている。これは国情の違いとはいえ、随分と恐ろしい話である。

この輸入炉の設置について、日本国政府は原子力安全委員会に諮問し安全審査を行い、通産省(当時:現在は経済産業省)は安全と認めて設置を認可している。東京電力と共に、日本国政府も福島第一原子力発電所の事故責任の一端は担うべきであろう。
安全審査の委員となった先生方は、『なぜ安全と判断したか』法か基準の見直し・機構や制度上の問題点等について、反省や改善提案が為されるべきであろう。
以上

2013年2月11日月曜日

原子力規制委員会

『原子力規制委員会』は、環境省の所管で事務局は「原子力規制庁」におかれている。英訳名はNuclear Regulation Authority(略称「NRA」)である。2012年9月19日発足した。右図は『原子力規制委員会』のロゴである。ホームページは http://www.nsr.go.jp/ である。

委員会は、委員長と委員4名(合計5名)で構成される。委員長と委員は、衆参両議院の同意を得て総理大臣が任命する。任期は5年で、再任も可能である。原子力産業(発電も含む)に関係するものは、委員・委員長にはなれない。

『原子力規制委員会』の任務は、「原子力利用における安全の確保」である。
このため地方機関として「原子力規制事務所」(国内20か所余り)があり、原子力発電所サイトに「原子力保安検査員」(定員152名)と原子力防災専門官(定員30名)が駐在する。
経産省所管であった、「旧・原子力安全保安院」を、『原子力規制委員会』が実行機関として引き継いだものである。人員800名程度、年間予算約376億円(2008年度)であった。

米国にも「原子力規制委員会」がある。Nuclear Regulatory Commission (略称「NRC」)である。任務は、、「原子力利用における安全の確保」と『原子力施設の許認可』である。総人員は約4,000人で非常に多い。年間予算は、2000年度4.7億ドルから2010年度10.7億ドルとほぼ直線的に増大している。「1ドル90円」で換算すると、2010年予算は963億円である。
ただし米国政府の支出は963億円の14%程度135億円で、828億円は「原子力設備設置者」からの『手数料』である。

日本は北海道から九州まで、『9つの巨大な電力会社が地域別に君臨』しており、発電も送電も一手に収めている。
今までは、原子力発電所の許認可権限を、経産省の官僚が握っていた。
以前は電力会社から「原子力発電所の建設許可申請」が出されると、経産省は内閣府の審議会の一つである『原子力安全委員会』に諮問して当該原子力発電所の『安全審査』を実施していた。我が国では、安全委員会は学者先生の名誉職であり、実質的な権限は殆ど無かったようである。日本の『原子力安全委員会』は、米国のNRCのような『実行メンバーを擁する組織体』を持たなかった。

現在は、内閣府の『原子力安全委員会』は存在しない。従って原子力発電所の許認可権限は、実質的に環境省の『原子力規制委員会』が持っていると考えられる。現在の日本の『原子力規制委員会』(NRA)は、米国の『原子力規制委員会』(NRC)と殆ど同じ権限と機能を持っているようである。

日・米の原子力発電では、国情の相違がきわめて大きい。
日本では前述のように、『9つの巨大な電力会社が地域別に君臨』しており、発電も送電も一手に収めて、競争のない『総原価方式』の独占価格の高い電気料金を享受している。
米国では『発電・送配電分離』が原則であり、『小さな発電会社が沢山あり』、競争の原則が十分に機能している。
このため、発電会社に対する『NRCのきめ細かな監督指導が必須』であり、NRCは多大の要員を抱え、確りした管理機構が必要である。

日本のNRAと米国のNRCの対比を行ってみる。

                                         日本のNRA                 米国のNRC
人員            800人(2008年度)              4,000人(2010年度)
予算            380億円                    963億円(11億ドル)
政府支出予算      380億円                    135億円
予算/人員        4,750万円/人                2,410万円/人
     
政府支出予算/人員 4,750万円/人                    388万円/人
管轄下の原子炉    60基程度                    140基程度
摘要            発電炉以外も担当               発電炉以外も担当

①日本の原子炉数は、米国の半分以下。(0.429倍)
②日本の規制要員は、米国の1/5。(日本のNRAは十分機能を果たしているか。)
③日本の一人当たり予算は、米国の倍近い。(1.97倍)
④米国では、政府支出節約で、規制相手から手数料を取る仕組みになっている。政府支出は、       NRC予算の14%程度。
⑤このため、米国では『NRCと規制先との癒着』等の疑惑が問題とされているようである。
以上

2012年12月5日水曜日

対韓外交

対韓外交の懸案の課題は、『竹島問題』であろう。2012年8月李明博(イ・ミョンバク)大韓民国10代(10人目)大統領が『竹島』上陸を行った。同氏の任期満了は2013年2月であった(2012年12月19日改選予定)。落ち目の政治家ほど領土問題で国民感情を煽るものである。

尖閣諸島では、石原慎太郎東京都知事(当時)が2012年8月頃、尖閣諸島購入の意思表示をしていた。彼の都知事の任期は2015年4月で、不可解な言動であると思っていた。何故東京都が尖閣諸島の土地名義が必要なのか理解に苦しむ話である。
その後の彼や彼の子息の言動を見て、、全てが理解できた。
彼らの今後の政治活動のために、領土問題で大いに国民感情を煽っておきたかったのである。

子息『石原伸晃』氏は、次期自民党総裁(阿部晋三氏当選)に立候補するし、『石原慎太郎』氏自身は都知事を辞任し、第3極の1角として橋下徹大阪市長の『維新の会』と合流し、12月16日(日)の衆議院議員選挙に立候補予定である。

20世紀においては、国民感情を煽り『愛国無罪』を標榜して幾多の戦争が行われ、約1億人の人たちが、戦争で生命を絶たれた。
21世紀は『愛国重罪』とし、領土問題でいたずらに愛国心を煽る行為を戒め、各国家の平和共存を掲げるべき世紀である。

韓国は、地理的にも歴史的にも一番身近な国である。これから極東の兄弟国として、何時までも仲良くしなければならない大切な隣人である。
日本語と韓国語は、基礎語彙は大きく相違するが、語順は主語・目的語・述語の順で、日本語と同様であるとの事である。日本語~韓国語の近い関係がうかがえる。

韓国は、日本同様天然資源にはあまり恵まれておらず、必然的に貿易立国を目指すことになる。ここで韓国と日本についての主要項目の比較を行う。

        日本    韓国
人口     1.264    0.483  億人 日本の人口は韓国の2.6倍

特殊出生率 1.39    1.24  一人の女性が生涯に産む子供の数の平均
                   韓国は日本以上の少子化である。
国内総生産 437     81   兆円
GDP/人  346    168   万円/人
年間発電量 9500    4750  億kw
電力量/人 7520   9830  kwh/人 韓国人は日本人の1.3倍電気を使う。
    
電気料金
 産業用  0.158   0.058  $/kwh 日本は韓国の2.7倍
 住宅用  0.228   0.077  $/kwh 日本は韓国の3.0倍

韓国は『発送電分離』が行われている。
韓国電力公社KEPCOは送配電を行う公社であり、株式の51%を国が保持している。
韓国電力公社は下記の6つの発電子会社を持っている。
  1. 水力・原子力発電会社
  2. 韓国南部発電会社
  3. 韓国中部発電会社
  4. 韓国東西発電会社
  5. 韓国西部発電会社
  6. 韓国南東発電会社
韓国のエネルギー政策は、『極東のフランス』を目指しているようである。
『発電電力量の構成比』をフランス・韓国・日本・ドイツについて下記に示す。
(2008年統計)単位: %

        フランス    韓国     日本     ドイツ
原子力   77.1       34.0     24.0      23.5
石炭       4.8       43.2     26.8      46.1
天然ガス   3.8       18.3     26.3      13.9
石油     1.0         3.5     13.0      1.5
水力     11.2        0.7       7.1      3.3
その他    2.1       0.3      2.8      11.8

韓国の原子力発電の特徴を、下記に列記する。

  1. 設備利用率が極めて高く95%以上である。
    米国90%・フランス76%日本58%である。日本は経産省告示で利用率は高くできない仕組みである。
  2. 韓国は国策として、今後原子力発電所の改良と標準化を進め、国内の原子力発電所の増設を急ピッチで進めるとともに、原子力発電所の輸出も推進する。
  3. 原子力発電所用の燃料集合体製造工場を持っているが、『ウラン濃縮工場』は持っていない。濃縮ウランは輸入している。
    日本はウラン原材料の『イエローケーキ』を輸入し、低濃縮ウランを製造している。
  4. 韓国は、原子力発電所で発生する『使用済み燃料』は、『使用済み燃料保管プール』中に保管するだけで、『核燃料再処理』は行わない。
    日本は、『日本原燃株式会社』で再処理することになっている。
    青森県六ケ所村に工場を建設中である。いつまで経っても受け取り試験に合格せず、試運転期間は延長に次ぐ延長を重ねている。目下のところ、完成予定は『2013年10月』となっている。
  5. 天然ウランを燃料とするCANDU型原子力発電所を4基持っている。
  6. 韓国の軽水冷却型原子炉は、全て加圧水型(PWR)である。
    日本では、加圧水型と沸騰水型(BWR)の2型式がある。福島第1発電所の事故炉は、沸騰水型のもっとも古い型式(マークⅠ型)の輸入炉であった。
  7. 今後韓国で続々と増設される予定の、新しい原子力発電所はすべて加圧水型である。
  8. 2021年では、韓国の原子力発電所の総数は、32基になる。
    人口割にすれば、日本に比べ極めて多い原子力発電所を持つことになる。
    日本に比べ、1/3程度の極めて安い電力単価と豊富な電力供給量は、経済競争力において圧倒的な差を生むことになる。
日本に比べ、韓国の電力単価が極端に安い理由を下記に示す。
  1. 韓国は、『発電事業』と『送配電事業』が分離されている。
    『送配電事業』は公社が行っており、多少赤字気味でも電力単価の値上げをしない。
  2. 日本は、『脱原発』・『卒原発』を全く不用意にやたら宣言しており、足元を見透かされて電力会社は、ジャパンプレミアムで特別高いLNG(液化天然ガス)の長期購入契約を結ばされている。
  3. 日本の電気料金は、総原価方式であり、発電費用に比例して利益金の額も多くなる。
    電力会社は、発電原価が高くなる方をむしろ歓迎する。
    ジャパンプレミアムは気にしない。歓迎する方だと思われる。
原子力発電の分野では、日~韓の間での重要な部分で補完関係が成立し、相互の技術協力は極めて有効であると思われる。今後とも日・韓の友好関係を堅持し原子力における協業関係を深めてゆくのが相互の利益になると思われる。
ただしアメリカは、「核不拡散」を理由に『日韓原子力技術協力』には圧力をかけてくる恐れは多分にある。アメリカとの折り合いはうまくつける必要がある。

  1. 日本が韓国に原子力発電所用燃料の低濃縮ウランを供給する。
  2. 日本は韓国の原子力発電所『使用済み燃料』の再処理を行う。
  3. 再処理後の『再処理燃料』と『高放射性廃棄物』は、両国で夫々自己分を管理する。
  4. 日本は韓国の原発運転管理技術(安定した高稼働率)や運転管理機構等を学ぶ。
以上




  

2012年10月10日水曜日

福島第一原子力発電所の事故調査報告

2011年3月11日に発生した大震災と大津波で、福島第一発電所の原子炉は炉心溶融事故を起こしました。事故の詳細な経緯の解析やその後の処理等については、主として4つの機関から、調査報告書が出されております。

        名称                  委員長             提出時期

国会 東京電力福島原子力発電所   黒川清                 2012年7月5日
    事故調査委員会           元日本学術会議会長

政府 東京電力福島原子力発電所   畑村洋太郎              2012年7月23日
    における事故調査・検証委員会  東大名誉教授

民間 福島原発事故独立検証委員会  北澤宏一                2012年2月27日
                          前科学技術振興機構理事長     

東電 福島原子力事故調査委員会   山崎雅男               2012年6月20日
                          東電代表取締役副社長:当時

  • 国会の報告
事故は『人災』であると結論しています。提案の実施計画とその進捗を国民に公表することを国       会に求めています。
  • 政府の報告書
地震・津波の自然現象に起因するが、『人為的な様々な問題点が存在』したとしています。
政府・関連機関に対し、提言の実施とフォローを求めています。

  • 民間の報告書
『人災』の性格が濃厚としています。これは東電が「全交流電源喪失事故」の備えを怠ってきた結果であるとしています。
それを許容した『規制当局』も、同罪としています。

  • 東電の報告書
津波の想定については、最新知見ににもとづき対策努力をしてきたものの『結果的に甘かった』と反省しています。これでは実際的には、『津波対策を怠った言い訳』にしかなっていないようです。


事故状況を整理してみます。

①震災時、1~3号機は、運転中でした。炉心が溶融して、水素が多量に発生し、原子炉建屋・タービン建屋共に『水素爆発』で大破しました。2号機原子炉建屋はブローアウトパネルが損傷し解放状態でした。
②4号機は定期点検中で、炉心溶融事故はありません。しかし3号機のタービン建屋から水素が回り込み、4号機も『水素爆発』で大破しました。
③5・6号機は、やや離れた別の高所にあります。定期点検中で、炉心溶融事故はありません。水素爆発もありません。

事故状況の写真を次に示します。『政府事故調』の資料から引用しました。
3号機原子炉建屋の損傷状況です。

 

参考までに、事故以前の『福島第一原子力発電所』の全景写真を示します。

南から北に向向けて撮影された写真です。

手前から1~4号機、やや離れた高所に5・6号機があります。

提供は東京電力(株)です。


炉心溶融した原子炉の型式は『沸騰水型(BWR) Mark-Ⅰ』です。
この型の原子炉は、格納容器の構造が複雑で、格納容器体積が小さかったのです。
これ以降の改良型BWRや、他社の加圧水型原子炉(PWR)に比べ、安全上の問題点が多かったようです。

1~4号機は2012年4月20日廃炉が決定されました。
福島第一原子力発電所の6号機は『Mark-Ⅱ型』です。

中部電力の浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の1・2号機は『BWR Mark-Ⅰ』です。
2009年1月30日をもって「営業運転」を終了しました。恐らく廃炉となるでしょう。
3・4号機は、『BWR Mark-Ⅱ改良型』です。


以上

2012年9月1日土曜日

北朝鮮外交

赤十字を通じて、北朝鮮における日本人の遺骨収集の協議が行われる由であり、誠に喜ばしく思っています。これを契機に、日本・北朝鮮関係の改善が急速に進展することを切望する。

現在の日本・北朝鮮関係は極めて険悪な状況のままに置かれていると言っていい。
その主因となっているのは、北朝鮮の核兵器保有とミサイル開発である。これは日本側の言い分である。
北朝鮮側の立場で言えば、『「核ミサイル」は、北朝鮮存続のための不可欠の兵器である。』と言うことになる。

『異論な話:日韓講和条約と竹島問題』で記載したように、『朝鮮にある唯一の合法的な政府は「大韓民国政府」である。』と日本国政府が認めている。従って「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」は、「他の非合法的な政府」と言う地位に相成ってしまう。
この様になってしまった根本原因は、国連議決第195号(Ⅲ)である。

1948年、国連は朝鮮半島全体に自由選挙を実施しようとした。これに対し北朝鮮を事実上支配していたソ連は「自由選挙」を拒否した。南朝鮮は「自由選挙」を実施し、1948年7月20日『李承晩:イ・スンマン』氏が大韓民国初代大統領に選出された。国連議決第195号(Ⅲ)は、、『朝鮮にある唯一の合法的な政府は「大韓民国政府」である。』としている。

ただし、日本国も「大韓民国」・「朝鮮民主主義人民共和国」も当時の国連には未加入であった。日本国が国連加盟を認められたのは、1956年12月18日であり、「大韓民国」・「朝鮮民主主義人民共和国」の加盟は、日本加盟から遅れること35年、1991年9月17日である。

日・独・伊をはじめ、第2次世界大戦の枢軸国側であった全ての国が国連加盟を果たしているのであるから、国連憲章の『敵国条項』は削除されるべきであろう。
国連分担金の分担率(2012年)を下記に示す。

記
①米国      22.000 %
②日本      12.530
③ドイツ       8.018
④英国       6.604
⑤フランス     6.123
⑥イタリア     4.999
⑦カナダ      3.207
⑧中国       3.189
⑨スペイン     3.177
⑩メキシコ     2.356
安保理常任理事国の一つであるロシアは、⑮位1.602である。
安保理常任理事国全体の分担金分担率は40%弱でしかない。常任理事国は絶大な権限と『拒否権』を持っている。分担金分担率は合計で50%以上とするのが当然であろう。
以上

国連の話で、若干回り道したようである。非合法的な政府とどう付き合うかと言う本題に戻る。
北朝鮮が核兵器を持ち、ミサイル実験を行った事に対し、日本国は報復措置として、北朝鮮に対する経済制裁を行っている。経済制裁は、場合によっては戦争にまで至る『危険な国家リスク』を孕んでいる。太平洋戦争は、アメリカの対日経済政策が引き金となってしまった。経済制裁を行う場合、相手国との戦争もあり得るものと心得るべきだ。
日本国内は、ほぼ全てノドンミサイルの射程内であり、主要都市はミサイルの標的となっていることは間違いない。

北朝鮮との外交交渉は、小泉純一郎首相の『平壌宣言:ピョンヤンセンゲン』から始まったと考えていい。小泉純一郎首相は、機を見るに敏でフットワークも軽快であった。同首相の最大の功績の1つが『平壌宣言』である。

『平壌宣言』は、2002年9月17日日本国小泉純一郎総理大臣と朝鮮民主主義人民共和国金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が平壌(ピョンヤン)で会談し、宣言したものである。
宣言内容の要点だけを下記に箇条書きする。

記
①2002年10月中に国交正常化交渉を再開する。諸問題に誠意をもって当たる。
②日本国は植民地支配の歴史事実を認め、反省と陳謝を表明した。
  交渉において、経済協力の内容等誠実に協議する。
  1945/8/15(大日本帝国の敗戦日)以前の財産と請求権は相互に放棄する。
③国際法を守り、安全を脅かす行為をしないことを確認した。
 『拉致問題』については、日朝が不正常関係にあるとき生じた遺憾な問題である。
 今後再発しないことを確認した。
④双方は、北東アジアの関係諸国間で、相互信頼の協力関係の枠組みの整備が重要であると認     識した。
  朝鮮民主主義人民共和国は、ミサイル発射モラトリアムを2003年以降も継続してゆく。
以上

北朝鮮に『拉致問題』を認めさせたのは、小泉外交の大成果である。この後順次、地村家族・蓮池家族・曽我家族が帰国した。横田めぐみさんの娘だけは北朝鮮に残されている。
2004年には日・朝実務者協議が数度行われ、その他の拉致被害者の消息に関する議論が行われた。北朝鮮側が『備忘録』を発表し、日本側が『備忘録に対する反論』を発表した。実務者協議は喧嘩別れになっている。北朝鮮側は『備忘録』で継続審議扱いにしたかったのであろう。
日本政府側が、拉致被害者家族の感情に引きずられて、外交の本筋を見失った様である。
国交正常化に誠意をもって当たると双方が誓ったのである。実務者協議がどうであれ、国交正常化交渉を優先して、粘り強く折衝すべきであった。
北朝鮮側の言い分の大筋は、私にはよく理解でき正当だと思う。『平壌宣言』に基づき、生存拉致被害者は全員帰国させた。『これ以上無い袖は振れぬ。国交正常化の話を進めて欲しい。』と言っているのである。

こんな状態のまま北朝鮮外交は放置され、北朝鮮は核兵器を保有し、「人工衛星打ち上げと称するミサイル発射実験」を行った。

日本外交の基本的な間違いは、米国の『核の傘』で守られているという『思い込み』である。日本が核攻撃を受ければ、米国が相手国に核ミサイルを打ち込んでくれると思うのは、笑い話にもならない勝手な思い込みである。米国が核ミサイルを発射するのは、米国本土が直接核ミサイル攻撃を受けた時だけである。

日本国は、広島・長崎に原爆を投下され、無辜の市民30万人が虐殺された世界唯一の被爆国である。毅然とした態度で、骨太の『核兵器廃絶』の外交方針を全世界に示すべきである。インド・パキスタンを含めて、核兵器保有国には一円の経済援助も行わないことを宣言しなければならない。

北朝鮮の核兵器廃棄が確認されるまで、日本国は北朝鮮に対し一円の経済援助も行わない決心が大切である。
これだけの心の準備が整えば、北朝鮮との外交交渉は『万全の備え』となる。

いささか過激な話を続けたようである。毅然とした態度は必要であるが、当面は北朝鮮が『普通の国』になってくれれば事足りると思う。核兵器やミサイルを持っていても致し方がない。
日本国は、核兵器やミサイルを持っている多くの国と、普通に付き合っているではないか。国交を持ち貿易が盛んになれば、お互いに必要な国になるのである。
先ずは経済制裁をやめ、国交正常化交渉の糸口を見出すことが先決である。
以上

2012年8月26日日曜日

日韓講和条約と竹島問題

日本国政府は、竹島問題を棚上げしたまま「日韓講和条約」を締結した。領土問題の紛争を抱えている事についての当事者間の認識は一致しているため、『竹島問題』を紛争事項として取り敢えず「ペンディング」にしたまま、条約交渉を成立させた。日本国政府は佐藤栄作内閣、韓国は第3代大統領朴正煕(パク・チョンヒ)である。
両首脳は賢明であった。日本国外務大臣椎名悦三郎と高杉晋一、韓国側は大韓民国外務部長官李東元・特命全権大使金東祚が1965年6月22日署名。批准による効力発生は1965年12月18日である。

条約の正式名称は『日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約「韓国との基本関係条約」』である。

内容の概略は、下記である。

記
第一条 外交・領事関係開設。
第二条 1910/8/22以前に大日本帝国と大韓帝国で締結された全ての条約・協定はもはや
    無効であると確認される。(日韓併合条約とそれ以前の条約)
第三条 大韓民国政府は、国連総会議決第195号(Ⅲ)により、朝鮮にある唯一の合法的
    な政府であると確認。
第四条 (a)日・韓は、相互関係で国連憲章の原則を指針とする。
    (b)日・韓は、相互福祉・共通利益の増進で、国連憲章の原則で協力する。
第五条 日・韓は、通商関係の協定締結のため交渉を開始する。
第六条 日・韓は、民間航空関係の協定締結のため交渉を開始する。
第七条 この条約は、批准書の交換の日に効力を生じる。
以上

関連条約として「財産・請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」がある。ここでは『財産・請求権・経済協力協定』と略称する。

1965年のこの協定で、韓国に対し日本国政府は、無償3億ドル・有償2億ドルの政府経済援助と民間融資3億ドルの支援を行った。当時の日本の外貨準備は高々18億ドル程度であり、相当以上に思い切った韓国援助を行ったものだと感心する。ちなみに当時の韓国の国家予算は3.5億ドル程度である。
当初日本政府は「韓国人への個人補償は日本政府が行う」と提案していたが、韓国側が拒否した。本協定では韓国政府が一括して経済協力金を受け取り、韓国政府の責任で韓国人の個人補償を行う事で合意している。

2010年韓国政府は突如として、『慰安婦・樺太残留韓国人・原爆被害韓国人』は別だとして、日本政府に誠意ある措置を要求してきた。日本政府も困惑したと思うが、『別だとする論拠』が私にはよく分からない。

さて本論の重要な課題である『竹島問題』である。

右図は外務省の資料からの引用である。

日韓講和条約では、『竹島:独島(トクト)』問題は、紛争問題であると共通認識し、意図的に棚上げされてしまった。

『竹島問題』の事の発端は、1950年の「朝鮮動乱」である。
1950年6月25日、朝鮮半島の北緯38度線で殷々と砲声が轟渡り、「朝鮮民主主義人民共和国」軍が、大挙して「大韓民国」に雪崩込んできた。
『朝鮮動乱』である。開戦当初は北朝鮮軍が圧倒的に優勢であり、韓国軍側は敗退に次ぐ敗退を続けた。1950年9月には韓国領土の大部分を席巻され、釜山周辺をやっと維持する状態にまで圧迫されていた。

国連安保理は、朝鮮動乱直後1950年6月27日「北朝鮮弾劾決議」を全会一致で議決した。7月にはアメリカ軍25万を中心に『多国籍軍』が編成され、「国連旗」の使用も認められ、反撃の準備が進められていった。
1950年9月15日米海兵隊を主力とする約7万人の「仁川上陸作戦」が敢行され、朝鮮半島の戦局は急変した。仁川(インチョン)は、韓国の首都ソウルの近郊の港である。北朝鮮側は、伸びきった戦線に対する補給網が追いつかず、問題であった。そこに「仁川上陸作戦」による補給路遮断が行われたので、北朝鮮側の総崩れとなった。
韓国南端まで伸びきっていた「北朝鮮のアコーデオン」は、瞬く間に縮んでゆき、北端の鴨緑江(朝鮮名アムノク:中国名ヤールー)付近まで圧縮されていった。

『北朝鮮壊滅』が目前に迫ったとき、「中華人民共和国」は国境線の鴨緑江(ヤールー)を越えて、北朝鮮に援軍を送り続けた。
『多国籍軍』の繰り返しの攻撃にひたすら耐えながら、果てしなく陸続と続く援軍の列に世界中が驚嘆し、「中華人民共和国」の『人海戦術』と呼称し、いたく称賛した。

この『人海戦術』の大援軍により、中・朝国境付近まで圧縮され壊滅寸前の「北朝鮮のアコーデオン」は、北緯38度線付近の正常位置まで引き戻されてしまった。38度線付近の最前線の位置で睨み合いが続き、『多国籍軍』と北朝鮮軍との休戦協定ができあがった。1953年7月27日である。朝鮮動乱は1950/6/25から始まり、1953/7/27に終焉した。

朝鮮動乱の最中、韓国初代大統領「李承晩:イ・スンマン」が「李承晩ライン」を設定し「海洋主権宣言」を一方的に行った。
1952年1月18日、日本海および東シナ海に韓国政府が一方的に軍事境界線を設定した。韓国では『平和線:ピンファソン』と呼称する。国際慣行を全く無視した、非合法な宣言であった。
平和とは全く裏腹の、武力による韓国漁業の専管水域の設置宣言である。「平和線」を越えた日本漁船は片っ端から拿捕され、日本漁民の抑留者は4千人近くに達してしまった。
この一方的で違法な李承晩の『平和線』を越えたところに、我が日本領土の竹島が存在していたのである。当然日本国外務省は、韓国政府に強硬に抗議した。アメリカ合衆国も「国際法上の慣例無視」と強く抗議した。在日米軍は、竹島付近を爆撃訓練区域にしていたのである。

しかるに、韓国政府は話し合いに応ずる気配を全く見せず、馬耳東風を続けながら、警備員の上陸と不法占拠等を重ね、既成事実の積み上げを目論んでいった。誠に遺憾千万である。

尖閣諸島や竹島や国後・択捉の領土問題は、とにかく国民感情をあおり易い。民族の闘争本能を大きく揺さぶるのである。
政治家が領土問題で騒ぐとき、沈着冷静な国民は、その政治家の隠された真意を見抜く目を持たなければならない。落ち目の政治家ほど「領土問題の国民感情」を利用したがるものである。

『竹島問題』では、2013年2月任期満了の第10代大統領『李明博:イ・ミョンバク』氏が、このほど「竹島上陸」を行った。内政干渉するつもりは全くないが、大韓民国・国民の冷静な判断を期待したい。

『尖閣問題』では、東京都知事『石原慎太郎』氏が東京都として「尖閣諸島」購入の意思表示をしている。知事の任期は2015年4月でだいぶ先であるが、子息の衆議院議員『石原伸晃』氏の改選時期は間近である。
東京都が何故「尖閣諸島」の土地を購入する必要があるのか理解に苦しむ。その土地がどうしても欲しいなら「石原慎太郎」個人で購入すればよい。
東京都民のみなさん、皆さんが「尖閣諸島の土地の名義」を必要としているのでしょうか。

「尖閣諸島」は、日本国が現に実効支配しており、中華人民共和国・台湾が後から嘴を入れてきた話である。日・中・台の国民感情を、いたずらに刺激し先鋭化させることは愚の骨頂である。先鋭化を極力回避し、そっと静かにしているのが一番賢明な最善策と思う。
石原知事殿、お静かにお願いしたい。ひたすらお静かにお願い致したい。
以上

2012年8月11日土曜日

プロメテウスの火

旧約聖書では、人類最初の女性は「イヴ」である。アダムとイブは「知識の木」の『禁断の果実』を食べたために、「エホバ神」により「エデンの園」から追放された。

日本神話では、天上の高天原(たかまがはら)から伊邪那岐(いざなぎ)・伊邪那美(いざなみ)の命(みこと)が、くらげなす漂へるところに、天沼矛(あまのぬぼこ)を入れてかき回し、引き上げて、『豊葦原千五百(とよあしはら・ちいほ)秋の瑞穂の国』即ち日本列島を作られた。
その後、高天原から高千穂の峰を通って瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が日本国に天下り、統治した。以来『天下り』の伝統は日本の官僚機構に温存され、独立行政法人等への『天下り』が、古式床しく今も行われている。
しかし残念ながら、日本列島の最初の女性が、誰であったのかは定かでない。

ギリシャ神話では、人類最初の女性は「パンドラ」である。神々によって『人類の災い』として地上に送り込まれた様である。このため我々は、『人類の災い』と懇ろ(ねんごろ)に仲睦まじく暮らしてゆく術をしだいに会得してゆき、ついに今日の人類の繁栄を見るに至った。慶賀至極である。

神々は「パンドラ」に箱を与え、「決して開けてはならぬ」と申し渡した。しかし「パンドラ」は、その後に好奇心に駆られて、ついに『パンドラの箱』を開けてしまった。箱からは様々の災難が飛び出してきて、あわてて箱を閉めてしまった。箱の中には『希望』だけが唯一つ取り残されてしまった様である。
「パンドラ」の夫は「エピメテウス」である。「エピメテウス」の兄が、有名な「プロメテウス」である。人類最初の女性「パンドラ」は、「プロメテウス」の義理の妹であった。

「プロメテウス」は人類に火を与えたので、「ゼウス」の怒りに触れ、カウカソスの山頂に生きながら張り付けにされた。私は『パンドラの箱』の中にあった様々の災難の一つが「プロメテウスの火」ではなかったかと思っている。

『プロメテウスの火』という本がある。ノーベル賞受賞者・朝永振一郎博士の著書である。人類が原子力の『パンドラの箱』を開けた事に対する、核物理学者の苦悩が書かれていると聞く。

どなたが原子力を『第二のプロメテウスの火』と呼んだのか、私はよく知らない。『第二のプロメテウスの火』は、広島と長崎で合計約30万人の無辜の市民を虐殺する、凄まじい威力を持っていた。「ゼウス」は何故これを怒らないのだろうか。マッキンリー(北米大陸の最高峰)の山頂に、誰を張り付けにすればいいのだろうか。怒れ「ゼウス」よ。

プロメテウスの火は、人類に文明の灯を燈した。しかし文明の灯はやがて火薬を産み、銃砲弾となって人類を殺戮した。
「イヴ」か「パンドラ」の末裔たちは、血塗られた歴史を繰り返している。初めは、刀剣や槍が武器であったが、吹矢や弓の飛び道具が発明され、火薬が発明されてからは、銃砲が武器の主役になってしまった。

日本人が最初に火薬に遭遇したのは鎌倉時代である。蒙古・高麗(コウライ)連合軍が元寇として、対馬・壱岐・九州に襲来した(文永の役:1274年)。この時蒙古・高麗軍が「てつほう:鉄炮」を使用した。直径20センチ程度の球状の陶器で、内部に鉄片や青銅片を火薬・硫黄と共に詰めたものである。逃げる時に炸裂させたものと推定される。長崎県松浦市鷹島の海底遺跡から、元寇の「てつほう」が引き上げられている。

蒙古・高麗軍4万人は、千艘の船団で対馬・壱岐を席巻した。対馬守護代・宗資国(そうすけくに)は、80余騎で応戦し戦死。壱岐守護代・平景隆は100余騎で応戦、翌日自城にこもって自害。蒙古・高麗軍4万人は、対馬・壱岐を征圧した後、数日を経てから博多湾に上陸した。
日本軍は、総大将少弐景資や大友氏・菊池氏その他の御家人たちが大宰府に結集し、蒙古・高麗軍の撃退を図った。日本軍は頑強に抵抗し善戦したようである。蒙古・高麗軍は敗北し、船団は博多湾から退去した。

火薬の話から筆が走って、文永の役の概説まで書いてしまった。6年後再び元寇があった。弘安の役(1281年)である。この時は暴風雨のため元寇の船団は壊滅的な打撃を受け退去し、弘安の役も日本軍の大勝利に終わった。

日本人が「てつほう」に遭遇してから270年ほど後に、種子島の鉄砲伝来(1543年9月/23日)があった。種子島に漂着した中国船にポルトガル人が乗船しており、鉄砲の試射実演をして見せた。島主・種子島恵時は2挺を購入し国産化の研究を命じた。
国産化技術は、堺の商人と根来の僧により本土に持ち込まれ、大量生産が始まった。

長篠の合戦が行われたのは、鉄砲伝来からわずか30年年余り後である。天正3年(1575年)7月9日織田・徳川連合軍は、愛知県新庄市設楽が原(しだらがはら)の決戦場で、3,000挺の鉄砲で武田勝頼軍を猛射し、大打撃を与えて敗走させた。
『プロメテウスの火』は、日本においても恐ろしい勢いで燃え広がっていったのである。

現代における『プロメテウスの火』は、石油・石炭・天然ガス(LNG)等の燃料に受け継がれ、今日の文明を支える基盤となっている。
その一方で、爆薬ともなっていて、銃砲弾・爆弾・ミサイル等として巨大な量が製造・貯蔵されている。大戦争ともなれば、何百万人もの犠牲者が出るだろう。
20世紀は、将に殺戮の世紀であった。20世紀において、全世界で1億人近くが戦争で死亡している。

『プロメテウスの火』のもっとも平和で華麗な転身は、花火であろう。夏の夜空に、巨大で華麗で彩豊富な花を咲かせて見せてくれる。誠に絢爛豪華で、瞬く間に消えてゆく可憐なプロメテウスの火である。

プロメテウスの火は、人類の豊かで幸福な生活や様々の災難を綯交ぜ(ないまぜ)にした、文明そのものである。災害の被害を減らし生活を豊かにするために、「イヴ」や「パンドラ」や「瓊瓊杵尊」の末裔たちは、知恵を絞り努力を重ねて今日の文明を築き上げてきた。

災害の被害を減らし豊かな暮らしを求めて、人間たちは果てしなく知恵と努力の積み重ねを続けている。これは、エデンの園で「知恵の木」の「禁断の果実」を味わった、人類の原罪である。人間である以上この努力を止めるわけにはいかない。

1867年11月7日、マリア・サロメ・スクロドフスカがポーランドで誕生した。彼女こそが『第2のパンドラの箱』を探し出した女性である。ここではその箱を、『マリアの箱』と呼ぶことにする。その女性は、ノーベル賞を2度受賞した、「マダム・キューリー」その人である。

『マリアの箱』には、様々な災難として放射能や放射性元素が沢山入っていた。「パンドラ」と同じように、「マダム・キューリー」は『マリアの箱』を自分で開けてしまった。彼女は、『放射能・放射性元素の概念』を明確にし、ウラン・トリウム・ラジウム・ポロニウム等が放射性元素であることを発表した。ただしトリウムについては、ドイツの「ゲアハルト・シュミット」が、トリウムの放射線を全く独立に発見し、2か月前に発表していた。

『マリアの箱』には、『第2のプロメテウスの火』が詰められていたのである。「マダム・キューリー」は、『マリアの箱』を開けたまま、1934年に他界した。開けられた時、放射能や放射性元素の様々な災難が飛び出してきたが、未だ箱は閉じられてはいない。したがって、「パンドラの箱」に残ったままであった『希望』も、『マリアの箱』の底の方からこの世に出てきたに違いないと、私は信じている。
これからは、人類の知恵と努力で、『第2のプロメテウスの火』をうまく取り扱える技術や機構を、全世界で作り上げなければならないと思う。ヒステリックに悲鳴を上げるだけでは事は収まらない。人間の原罪と心得て、希望を持って努力を重ねるべきである。
以上