両首脳は賢明であった。日本国外務大臣椎名悦三郎と高杉晋一、韓国側は大韓民国外務部長官李東元・特命全権大使金東祚が1965年6月22日署名。批准による効力発生は1965年12月18日である。
条約の正式名称は『日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約「韓国との基本関係条約」』である。
内容の概略は、下記である。
記
第一条 外交・領事関係開設。
第二条 1910/8/22以前に大日本帝国と大韓帝国で締結された全ての条約・協定はもはや
無効であると確認される。(日韓併合条約とそれ以前の条約)
第三条 大韓民国政府は、国連総会議決第195号(Ⅲ)により、朝鮮にある唯一の合法的
な政府であると確認。
第四条 (a)日・韓は、相互関係で国連憲章の原則を指針とする。
(b)日・韓は、相互福祉・共通利益の増進で、国連憲章の原則で協力する。
第五条 日・韓は、通商関係の協定締結のため交渉を開始する。
第六条 日・韓は、民間航空関係の協定締結のため交渉を開始する。
第七条 この条約は、批准書の交換の日に効力を生じる。
以上
関連条約として「財産・請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」がある。ここでは『財産・請求権・経済協力協定』と略称する。
1965年のこの協定で、韓国に対し日本国政府は、無償3億ドル・有償2億ドルの政府経済援助と民間融資3億ドルの支援を行った。当時の日本の外貨準備は高々18億ドル程度であり、相当以上に思い切った韓国援助を行ったものだと感心する。ちなみに当時の韓国の国家予算は3.5億ドル程度である。
当初日本政府は「韓国人への個人補償は日本政府が行う」と提案していたが、韓国側が拒否した。本協定では韓国政府が一括して経済協力金を受け取り、韓国政府の責任で韓国人の個人補償を行う事で合意している。
2010年韓国政府は突如として、『慰安婦・樺太残留韓国人・原爆被害韓国人』は別だとして、日本政府に誠意ある措置を要求してきた。日本政府も困惑したと思うが、『別だとする論拠』が私にはよく分からない。
さて本論の重要な課題である『竹島問題』である。
右図は外務省の資料からの引用である。
日韓講和条約では、『竹島:独島(トクト)』問題は、紛争問題であると共通認識し、意図的に棚上げされてしまった。
『竹島問題』の事の発端は、1950年の「朝鮮動乱」である。
1950年6月25日、朝鮮半島の北緯38度線で殷々と砲声が轟渡り、「朝鮮民主主義人民共和国」軍が、大挙して「大韓民国」に雪崩込んできた。
『朝鮮動乱』である。開戦当初は北朝鮮軍が圧倒的に優勢であり、韓国軍側は敗退に次ぐ敗退を続けた。1950年9月には韓国領土の大部分を席巻され、釜山周辺をやっと維持する状態にまで圧迫されていた。
国連安保理は、朝鮮動乱直後1950年6月27日「北朝鮮弾劾決議」を全会一致で議決した。7月にはアメリカ軍25万を中心に『多国籍軍』が編成され、「国連旗」の使用も認められ、反撃の準備が進められていった。
1950年9月15日米海兵隊を主力とする約7万人の「仁川上陸作戦」が敢行され、朝鮮半島の戦局は急変した。仁川(インチョン)は、韓国の首都ソウルの近郊の港である。北朝鮮側は、伸びきった戦線に対する補給網が追いつかず、問題であった。そこに「仁川上陸作戦」による補給路遮断が行われたので、北朝鮮側の総崩れとなった。
韓国南端まで伸びきっていた「北朝鮮のアコーデオン」は、瞬く間に縮んでゆき、北端の鴨緑江(朝鮮名アムノク:中国名ヤールー)付近まで圧縮されていった。
『北朝鮮壊滅』が目前に迫ったとき、「中華人民共和国」は国境線の鴨緑江(ヤールー)を越えて、北朝鮮に援軍を送り続けた。
『多国籍軍』の繰り返しの攻撃にひたすら耐えながら、果てしなく陸続と続く援軍の列に世界中が驚嘆し、「中華人民共和国」の『人海戦術』と呼称し、いたく称賛した。
この『人海戦術』の大援軍により、中・朝国境付近まで圧縮され壊滅寸前の「北朝鮮のアコーデオン」は、北緯38度線付近の正常位置まで引き戻されてしまった。38度線付近の最前線の位置で睨み合いが続き、『多国籍軍』と北朝鮮軍との休戦協定ができあがった。1953年7月27日である。朝鮮動乱は1950/6/25から始まり、1953/7/27に終焉した。
朝鮮動乱の最中、韓国初代大統領「李承晩:イ・スンマン」が「李承晩ライン」を設定し「海洋主権宣言」を一方的に行った。
1952年1月18日、日本海および東シナ海に韓国政府が一方的に軍事境界線を設定した。韓国では『平和線:ピンファソン』と呼称する。国際慣行を全く無視した、非合法な宣言であった。
平和とは全く裏腹の、武力による韓国漁業の専管水域の設置宣言である。「平和線」を越えた日本漁船は片っ端から拿捕され、日本漁民の抑留者は4千人近くに達してしまった。
この一方的で違法な李承晩の『平和線』を越えたところに、我が日本領土の竹島が存在していたのである。当然日本国外務省は、韓国政府に強硬に抗議した。アメリカ合衆国も「国際法上の慣例無視」と強く抗議した。在日米軍は、竹島付近を爆撃訓練区域にしていたのである。
しかるに、韓国政府は話し合いに応ずる気配を全く見せず、馬耳東風を続けながら、警備員の上陸と不法占拠等を重ね、既成事実の積み上げを目論んでいった。誠に遺憾千万である。
尖閣諸島や竹島や国後・択捉の領土問題は、とにかく国民感情をあおり易い。民族の闘争本能を大きく揺さぶるのである。
政治家が領土問題で騒ぐとき、沈着冷静な国民は、その政治家の隠された真意を見抜く目を持たなければならない。落ち目の政治家ほど「領土問題の国民感情」を利用したがるものである。
『竹島問題』では、2013年2月任期満了の第10代大統領『李明博:イ・ミョンバク』氏が、このほど「竹島上陸」を行った。内政干渉するつもりは全くないが、大韓民国・国民の冷静な判断を期待したい。
『尖閣問題』では、東京都知事『石原慎太郎』氏が東京都として「尖閣諸島」購入の意思表示をしている。知事の任期は2015年4月でだいぶ先であるが、子息の衆議院議員『石原伸晃』氏の改選時期は間近である。
東京都が何故「尖閣諸島」の土地を購入する必要があるのか理解に苦しむ。その土地がどうしても欲しいなら「石原慎太郎」個人で購入すればよい。
東京都民のみなさん、皆さんが「尖閣諸島の土地の名義」を必要としているのでしょうか。
「尖閣諸島」は、日本国が現に実効支配しており、中華人民共和国・台湾が後から嘴を入れてきた話である。日・中・台の国民感情を、いたずらに刺激し先鋭化させることは愚の骨頂である。先鋭化を極力回避し、そっと静かにしているのが一番賢明な最善策と思う。
石原知事殿、お静かにお願いしたい。ひたすらお静かにお願い致したい。
以上
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