2019年9月26日木曜日

第89話 国旗国歌法

『国旗国歌法』は、1999年8月13日に公布、即日施行された。

  • 第1条 国旗は、日章旗とする。
  • 第2条 国歌は、君が代とする。
  • 附則 施行期日の指定、操船規則の廃止、・・・
  • 別記 日章旗の具体的な形状、君が代の歌詞・楽曲。
衆議院本会議では、投票総数489票。賛成403、反対86 で可決。
参議院本会議では、投票総数237票。賛成166、反対71 で可決。

1.日章旗

いわゆる、『日の丸』である。日本国は、これほど単純明確で美しく、素晴らしい国旗を持って居る。その国の国民の一人として、私は『大きな矜持』を持って居る。

諸外国で、明らかな『丸形国旗』を持つ国は、「バングラデシュ」と「パラオ」である。

若干複雑なのが、韓国である。



「バングラデシュ国旗」の画像検索結果




バングラデシュ国旗








パラオの旗

パラオ国旗











韓国国旗









2.君が代

国歌『君が代』の歌詞は、『世界最古』の国歌の歌詞である。源泉の歌詞は、『古今和歌集』に記載されている。「古今集」と略称される。
905年 勅命(醍醐天皇:だいご)により、紀友則・紀貫之・河内躬恒・壬生忠岑らが編纂し、天皇に献上した。日本の歴史では、平安時代である。

『君が代』は、世界最短の『国歌』でもある。

「古今集」巻第七 賀歌 に記された「君が代」の歌詞は、下記である。

  吾が君は 千代にませませ さざれ石の 巌となりて 苔むすまでに

読み人 知らず (素晴らしい!!:感謝感激 ただ 涙)

1893年 現在の『君が代』が、国歌として制定された。
また同時に、「年の初め」・「紀元節」・「天長節」などの8曲の歌詞と楽譜を、『官報に告示』している。
『君が代』は、歌詞は 古歌とされ、作曲者は林廣守 編曲エッケルト。

フランツ・エッケルト(1852―1916年)は、プロイセン王国(ドイツ)の軍楽家。
日本や朝鮮半島で活躍した。
『君が代』に和声を付けたことで、日本では著名である。
韓国では「大韓帝国愛国歌」を作曲している。

『1903年に、ドイツで行われた「世界国家コンクール」で、「君が代」は一等を受賞した。』という『風説』が、かつて国内で流布していた様である。

  • ドイツ国内での、場所を特定できる資料を探したが、見当たらない。
  • コンクールの、月日を特定できる資料を探したが、見当たらない。
  • 「世界国家コンクール」の主催者が不明である。
以上より「世界国家コンクール」は、『風説』であったことは 明白である。

現在の世界情勢では、「世界国家コンクール」は、荒唐無稽の企画である。
荒唐無稽の企画を、敢て仮想するならば 『君が代』は秀逸な国歌だと絶対に認められると、私は確信している。
何しろ歌詞は、千年も昔に存在していたのである。
曲は西洋音楽であるが、雅楽の雰囲気漂わすもので、間違いなく秀逸と認められると、私は確信しております。

以上




























2019年7月13日土曜日

第88話 米国 第7艦隊


米国第7艦隊は、東京湾の入り口 横須賀港を母港とする『世界最強の艦隊』である。
右図が第7艦隊のシンボルマークである。
旗艦は、揚陸指揮艦「ブルーリッジ」である。
担当海域は、国際日付変更あたりからほぼ太平洋全域とインド洋までの、極めて広い海域である。
下図の『7F』が、「担当海域」である。






















第7艦隊の主力艦は、空母『ドナルド・レーガン』である。
加圧水型原子炉(PWR)2基が推進機関である。排水量約10万トン。
第7艦隊の現在位置(2019年6月27日)は、ホルムズ海峡近く(外洋出口)のオマーン湾である。上図の『5F』の近傍である。

6月20日早朝、イランは米軍の「無人偵察機」をオマーン湾上空でミサイル攻撃で撃墜した。
イランは、「米機が領空侵犯」したと主張し、米国は「公海上」だったと主張している。
「際どい処だった」と了解する以外、解釈のしようがない。

私が不可解に思うのは、「第7艦隊」が上図『5F』のオマーン湾付近に停留を続けている事由である。
一応『イランに対する米国のプレッシャー』と考えてみることにする。
私のブログ『異論な話』第87話『イランと米国の確執』は、2019年5月20日付で公開済みである。
イランは米国の如何なる脅しについても、頑固に『NO』と言い張る国である。
米国トランプ大統領による「対イラン経済制裁」は2018年5月から行われている。

『5F』は第5艦隊の担当海域である。
財政赤字に苦しむ米国にとって、第5艦隊の維持強化は出来ない話である。
当面実質的に第7艦隊の担当海域に加えて置けば簡単に解決される。
ここに至って、『第7艦隊』が『5F』のオマーン湾に停留を続ける事由が『スッキリ』と私の腑に落ちる話となってきた。
要するに米国は、『5F』の存在を曖昧模糊にしてしまう、魂胆らしい。
今後この地域で、「深刻な事態」が起こらない限り、「第5艦隊」の増強は有り得ないと決めたらしい。
「無人偵察機」の撃墜などは、「深刻な事態」ではなかった。

将来的には、『5F』を『第7艦隊』の担当海域に含めれば簡単に解決されることになる。
と言う事で、『第7艦隊』は『5F』に停留を続けます。


『第7艦隊』が『5F』に停留して居れば、ホルムズ海峡経由の原油輸送路の安全は完璧に保証され、日本と諸外国の原油供給の不安は一掃される。

左図は、ホルムズ海峡の衛星写真である。
北側(上)が「イラン」であり、半島の突端が「オマーン」である。
半島の付け根は、「アラブ首長国連邦:UAE」である。
UAEは、東はオマーン湾に接し、西はペルシャ湾である。

ホルムズ海峡は、ペルシャ湾岸諸国で産出する石油の搬出の出口である。
海峡の最狭部の幅は、約33km。
水深は、75 ~ 100m。


タンカーが運ぶ石油の量は「1700万バレル/日」程度で、日本に来るタンカーの約8割がホルムズ海峡を通過している。

今後とも『米国 第7艦隊』が、石油輸送の大動脈 『5F』に停留し続けて、大動脈の安全に睨みを効かせて貰うことに、日本国民の一人として、私は大いに感謝している。

以上














2019年5月20日月曜日

第87話 イランと米国の確執

ペルシャ湾は、ホルムズ海峡により インド洋に連なっている。
ペルシャ湾岸は、イラン・イラク・クウェート・サウジアラビヤ・アラブ首長国連邦の国々があり、そのほとんどが豊富な石油産出国である。
「ホルムズ海峡」は、イランとオマーンに挟まれた 幅30km の海峡でであり、湾岸諸国から石油を運ぶ輸送船団の首根っこを抑える形になっている。
「ペルシャ』の名前は、紀元前550年頃に イラン に在った『ペルシャ帝国』に由来している。
『ペルシャ帝国』の「末裔」イランの歴史は,2600年程と推定される。
米国の『実に執拗な脅し』にも全く「へこたれず」『敢えて「NO」と言い続ける』頑固なイランに、私は強い感銘を受けると共に ずっと以前から何となく爽やかな連帯感を持つ様になっている。

今朝の新聞報道(2019/05/09)でも、「親イスラエル政策」の米国トランプ大統領にとって、イランの行動は 相当以上に目障りだったようです。

米国とイランの『確執の図式』が始まるのは、「1979年の イラン の イスラム革命」以降からである。ホメイニ師によるイスラム革命で、イスラム共和国が誕生し、米国・英国は国外に叩き出され、「アングロ・イラニアン石油会社」の権益は 木端微塵に吹っ飛んでしまった。

米国は、イランの隣国イラクに『強力な武器援助』を行った。
1980年9月イラクの サダム・フセイン大統領は「イラン ― イラク 戦争」を勃発させた。
米国や サダム・フセイン の思惑に反し、イランは想像以上に頑強に抵抗した。
世界中を敵に回して戦い続け、しかも相当以上に強かった。
この頃のイランは『国際的には完全に孤立無援』だった。米国・欧州 のイラク支持は当然であるが、イスラム諸国も 自国への『イスラム革命』の波及を恐れ、イラクを支持した。
ソ連は、領土拡大の好機とみて 『アフガニスタンに侵攻』した。
『アフガニスタン紛争:1979 ― 1989年』は、10年間に及び ソ連軍の戦死者は1万4千人以上であった。「アフガニスタン」側の戦死者は、ソ連軍の数倍以上だったと推察される。

孤立無援のイランだったが、戦死者の山を築きながらもイラクの侵略に耐えに耐えた。
1982年には国境線付近まで前線を押し戻し膠着状態に持ち込んでいったのには、驚嘆します。
1980年9月の イラクの『イラン侵略』に対し『国連は何もしません』でした。
国連が実際に動いたのは、7年後の1987年7月です。安保理で「即時停戦」の勧告を決議しました。両国が受諾し、停戦が実現したのは 1988年8月です。

「イラン ― イラク 戦争」で汚名を被った サダム・フセイン は血迷って1990年 「クウェート」に侵攻した。
これが『米国の逆鱗(げきりん)に触れ、湾岸戦争の勃発となった。
この時の国連の対応は『目覚ましく素早かった』。
平和憲法の日本国も、『自衛隊をイラクに派兵』させられた。
「イラン ― イラク 戦争」で、平和を勝ち取った イラン は 、『敢て「NO」と言う』反米路線を堅持して、富国強兵と核技術の向上に邁進していった。

核問題の議論では、『核拡散防止条約:略称 NPT 』と 『国際原子力機関:略称 IAEA 』を知っておく必要があります。

NPT は、国連安保理常任理事国(米国・ロシア・英国・フランス・中国)を『核兵器国』とし、それ以外を『非核兵器国』としている。
『核兵器国』には、『核軍縮交渉お行う義務』がありますが、有名無実化しています。『非核兵器国』には、核兵器 の 製造・取得 を禁止し IAEA の監査を義務付けている。

NPTは、1970年に発効し 2017年4月での締結国は、191ヶ国です。
既に核兵器を保有していた、インドとパキスタンは未加盟です。
保有を推定されている、イスラエルも未加盟です。
北朝鮮は、1993年 NPT の脱退を宣言している。

日本国は、IAEA 創設当初から指定理事国(13ヶ国)の1つである。
IAEAの事務局長は天野之弥氏(3選目:任期4年)である。

イランは、NPT 発足以来 NPT に加盟している。
1980年頃から、イランはウラン濃縮実験を開始した。
2006年4月 イランのアフマディ・ネジャード大統領は、「核燃料サイクルに適合するウランの精製に 成功した」と発表した。
これに対し国連安保理は『異常な過剰反応』を起こした。
2006年7月『イランの核開発中止を求める決議案』を採択した。
イランは 馬耳東風 で、イラン大統領は 2006年11月『イランは完全な核燃料サイクル技術を獲得した。』と発表した。

2008年9月、イランは「遠心分離機3800基を設置し、低濃縮還元ウラン 480kg を製造済み。」と IAEA は報告している。
2009年9月イランは、「新たに2か所のウラン濃縮施設を建設中である」とAERA に連絡。
これに対し、米国オバマ大統領は 「あらゆる選択肢を排除しない」と脅しを懸けてきた。
イランの馬耳東風はさらに続き、2009年11月 イランは10ヵ所の『ウラン濃縮施設の新設』を発表した。
米国に対し、『敢えて「NO」と言う』イランの面目躍如たるものがある。

2018年5月、米国トランプ大統領の『イラン核合意』からの離脱声明により、米国によるイランへの経済制裁が再開された。
2019年5月9日、イランが『核合意の一部履行停止』を表明したのを受け、ロシアと中国は 「昨年5月に、合意から離脱した 米国がイランを追い込んだ。」と非難した。
当事者の イランのロウハニ大統領は、今後も核合意に留まる意思を表明している。
しかし『核合意』が有名無実化し、今後 崩壊の恐れすらあり得ると、憂慮もしている。

以上

2019年5月15日水曜日

第86話 『令和』の英語表示

『令和』は、『れいわ』と 発音する。
出典は、『万葉集』巻五の「梅花歌卅二首并序(梅花の歌 三十二首、并せて序)」にある一文である。
『于時初春令月 氣淑風和 梅披鏡前之粉 欄薫珮後之香』
『時(とき)に、初春の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かおら)す。』

外務省は、新元号は 英語表記で「Reiwa」であると、各国政府や国際機関に通達済みである。
合わせて、「Beautifule Harmony (美しい調和)の意味合いも、説明済である。
『令』には、「良い」・「立派」・「優れた」の意味が、確かにある。
合わせて「命令」・「おきて」・「法令」の意味もある。

日本国外務省通達の『美しい調和』は、無難ではあるが 私にとっては『極めて不満』である。
日本の『学問の神様』と崇められている菅原道真公(845―903年:西暦)が詠んだ和歌。

    東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ

『正一位 太政大臣』が贈られている、『学問の神様』である。
「正一位」は、没後贈られているので、903年頃贈られたと推察できる。

古くから『学問の神様』がおられた日本国の学力レベルの国際比較は下記である。

「ノーベル賞」授賞者数

1. 米国     271
2. 英国      87
3. 独国      82
4. 仏国      55
5. スウェーデン 29
6. 日本     26
6. ロシア    26
8. イタリア   19
8. カナダ    19
10.オランダ   18

米国にどんな神様が、出現したのだろうか。私には良く判らない。

狭い日本国の領土で、神様の多大なご支援を仰ぎながらも、「世界ランクトップ10」の中位を確保出来ている日本人であることが、私としては 誠に誇らしい。

従って外務省通達の『美しい調和』は、私にとっては 当然物足りない。
私の本音は、断固として『高貴な調和』『Noble Harmony』として貰いたかった。

経済大国・日本 ではあるが「経済の神様」「稲荷神」は、827年(西暦)第53代淳和天皇より「従五位下」を授かっている。正1位となったのは942年である。
「学問の神様」菅原道真が、正1位を贈られた903年に比べて、40年程あとである。

「学問の神様」もそうであるように、一般的には神様を警護しているのは「狛犬」である。
所が「経済の神様」だけは、何故だか「キツネ」に警護を委ねている。
全く『キツネにつままれたような、気持』である。
これは、今後の私の重大な研究課題の一つになるだろうと言う予感がして、身震いが止まらない。

以上



2019年4月21日日曜日

第85話 日本国の憲法

5月3日は、『憲法記念日』として 国民の休日ときめられている。
「祝日法:昭和23年7月30日法律第178号」で定めており、『日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する』ことを 趣旨としている。
ここで言う『日本国憲法』とは、現憲法の事である。
現憲法は、1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行された。

これ以前の憲法は『大日本帝国憲法』であった。1890年2月11日公布、1890年11月29日施行された。
半世紀以上の間、一度も改正されることは なかった。

日本で最初の憲法を定めたのは、推古天皇(女帝)13年(西暦605年)である。
但し、成立時期などについては 諸説がある。
聖徳太子と共に「十七条の憲法」を定めた。

『十七条 憲法』として、有名である。
この憲法を、一応 我々現代人が 読めるような形に書き直してみる。

第1条
 和を以って、貴(とうとし)となす。・・・
第2条
 仏・法・僧 を敬え。・・・
第3条
 詔(みことのり)を承りては、必ず謹(つつし)め。・・・
第4条
  群臣百寮(まえつきみたちつかさつかさ)、礼を以って本とせよ。・・・
第5条
 饗を絶ち欲することを棄て、明に訴訟を弁(さだ)めよ。・・・
第6条
 悪しきを懲らし善(ほまれ)を勧むるは、古の良き典(のり)なり。・・・
第7条
 人各(おのおの)任(よさ)有り。・・・
第8条
 群卿百寮、早朝 晏(おそく)退でよ。・・・
第9条
 信は、是 義の本なり。・・・
第10条
 忿(こころのいかり)を絶ちて、瞋(おもてのいかり)を棄(す)て、人の違うことを怒らざれ。人皆心あり。心おのおのの執れることあり。かれ是とすれば、われ非とす。
われ是とすれば、かれ非とす。われ必ずしも聖にあらず。・・・
第11条
 功と過(あやまち)を明らかに察(み)て、賞罰を必ず当てよ。・・・
第12条
 国司(くにのみこともち)・国造(くにのみやつこ)、百姓(おおみたから)に収斂することなかれ。国に二君非(な)く、民に両主無し、率土(くにのうち)の兆民(おおみたから)、王(きみ)を以って主となす。・・・
第13条
 諸の官に任せる者は、同じく職掌を知れ。・・・
第14条
 群臣百寮、嫉み妬むこと 有ること無かれ。・・・
第15条
 私を背きて公に向くは、是 臣が道なり。・・・
第16条
 民を使うに時を持ってするは、古の良き典なり。・・・
第17条
 夫れ事独り断むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし。・・・

この憲法を、現代風に解釈すれば 『国家公務員 服務規定』である。
これは西暦605年に定められた,『国家公務員 服務規定』であるが、現代でも立派に適用できる服務規定である。
日本最古の『国家公務員 服務規定』を現代に生かし、『現在の国家公務員』も是を拳々服膺(けんけんふくよう:心に銘記する)して、日本国の政治に生かして頂きたい。


『十七条憲法』に基づく『国家公務員 服務規程』西暦605年制定

第1条で、平和憲法を宣言。
第2条、信教の自由。
第3条、詔(みことのり)は、謹んで承る。
第4条、『国家公務員』は、礼儀を基本とする。
第5条、『国家公務員』は、饗を絶ち 欲を棄て 訴訟を明にせよ。
第6条、「勧善懲悪」は、古くからの良俗。
第7条、人にはそれぞれ良さがある。各個人の「人格宣言」と」生存権の保証。
第8条、『国家公務員』は、早朝出勤・遅く退出を義務として規定。
第9条、信用は 義の根本である。
第10条、心底から 怒りを棄て 聖人面(せいじんずら)をしない。
第11条、信賞必罰のけじめ。
第12条、国家第一主義。
第13条、部下を持つものは、部下の職掌を熟知しておく。
第14条、嫉み妬み(ねたみそねみ)を無くす。
第15条、「国家公務員」は、日本国に尽くす。
第16条。「民を使うに時を以てする」は、現代では判り辛いが 『農繁期を避ける』と言う    意味である。
第17条,『万機公論に決すべし』。

以上